第一回 外国語-それは親から子への素敵なギフト

By 佐々木南実

 旧約聖書[創世記]第十一章のバベルの塔の物語を知っていますか? その物語によれば、神は人間のおごりを戒めるために、それまでは全人類に共通だった言語を何種類もに分けたといいます。そして、言葉が通じなくなった人々は、神によって世界中にちりぢりにされたということです。それでもやはり、言葉は、神様が私たちに与えてくれた最高のギフトの一つだといえるでしょう。
私たちがもし、言葉を持たない生き物だったとしたら、私たちの毎日はどんなに味気ないものだったでしょうか。言葉は、音楽や自然の風景と同じように、私たちの人生を豊かに、楽しくしてくれます。そして、第二の言葉. 外国語は、私たち親や教師が、子供たちにプレゼントしてあげることのできる、すてきなギフトなのです。
私は現在、アメリカはカリフォルニア大学サンディエゴ校で、アメリカ、スペイン、ドイツ、イタリア、ブラジル、トルコ、フィリピン、タイ、中国、韓国、日本の各国からの学生たちと机を並べて勉強しています。共通のコミュニケーション・ツールとしてみんなが使っているのは、英語です。学生の中には、英語が第二外国語であったり、第三外国語であったりする人もいます。みんな、それぞれの国の個性豊かなアクセントで、議論したり、雑談したり.。テレビでも見たこともないような、トルコの田舎の村の生活の様子を聞くことができたり、「イタリアのママは全員自分のトマトの瓶詰めを作っているの?」、「スペインの女の子は、全員フラメンコが踊れるの?」なんて、素朴な疑問をその場で解決したりすることができるのも、英語というツールがお互いにあるからこそ。言葉によって、文字通り、世界は広がり、同時に自分のナショナリティーを強く意識することにもなります。翻訳では伝わらない、生の文化に、自分の素手で触れる醍醐味を味わうことができるのも、英語のおかげです。
日本という国に暮らしながら、外国語を習得するということの難しさは、日本人なら誰でも、身に浸みて知っているところです。中学校で3年、高校で3年、そのあとも大学や専門学校、留学など、いろいろな場所で英語を勉強していながら、それでも「外国人とのコミュニケーション」となると往生してしまうのが大半の日本人の現実であり、またそのようなコミュニケーションなどしようとしなくても、日本語だけで勉強したり楽しく暮らしていくことができるのも、日本の現状です。しかし、時代は変化しています。21世紀を迎える今、小学校から英語を始めるという、まったく新しい世代の日本人が誕生しようとしています。小学生の時から英語を習う平成生まれの彼ら彼女らこそ、真の意味での国際人として羽ばたいていける、最初の世代の日本人となるのではないでしょうか。そんな彼らに英語を教える私たちの責任は、文法や発音や綴りを正しく教えることだけではなく、バイリンガルであることがどんなにすばらしいかを伝えることから始まるのではないかと思うのです。

  このコーナーでは、母国語以外の言語をツールとして、異文化に触れる体験をしているさまざまな人たちとのインタビューを交えながら、外国語を使いこなせる楽しさ、また、その習得のコツなどをレポートして行きたいと思います。
「ぼくたち (私たち)、なんで英語なんてやるの?」そう子供に聞かれて、「うーん、それはね」と、ちょっと困ったときに思い出すと便利なエピソード、というような、ポジティブな異文化体験をご報告していきます。よろしくおつきあい下さい!!

(初出: アルク刊 「kids.com」 2001年1月号)

 

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