By 佐々木南実
今日は、パリからの留学生、ノウェルとお茶しました。フランスといえば、仏語。
フランスに旅行をするのなら、英語では通じないのだから、頑張って仏語をやらなくては、というイメージが浮かびます。しかし、頑固に自国語しか受け付けない国民性という外からのイメージとは裏腹に、現代のフランス人は英語を学ぶのに必死だそうです。フランスでの最近の英語教育事情について聞きました。
まず、フランスの学校で「英語」という科目が登場するのは、一般的には日本の中学1年に該当する学年からで、週に5時間ほど勉強するそうです。日本とほぼ同じです。しかし、最近の若い親たちの間では早期の英語教育を重視する人が増えているため、英語をカリキュラムに含めている私立の小学校などが人気だということです。年齢の高い世代のフランス人の間では外国語不要論が根強いのに対し、若い世代の間では、英語を習得しなければ社会で生き残っていけないという危機感があり、英語力の低さに対するフラストレーションが高まっているそうですそれが自分たちの子供に対する教育熱として現れてきている、というわけで、日本ととてもよく似た状況です。
さて、そのせいなのかどうかはわかりませんが、若者の間では「ハンバーガー」、「ウィークエンド」(週末を一言で表現する言葉はフランス語には存在しないのだそうです)などの英語をそのまま使う頻度が高まってきており、その傾向全体を「アメリカニザシオン」と呼び、フランス語の乱れということで、識者はこれに警鐘を鳴らしているということなのです。数年前、文化大臣の職にあった人物が、「外来語禁止令」のような法案を提出したことが実際にあったそうです。「ハンバーガー」などのように、言葉というだけではなく、明らかにアメリカの文化のものが浸透してきているという点を、彼は脅威と感じたのかもしれません。さすがにその法案は却下されましたが、「外来語の氾濫=母語の乱れ=文化の乱れ」と懸念する向きは案外多く、そのような人たちは、早期の英語教育にも否定的であるということです。
フランスでは、「教養は、人生という旅のラゲッジ(手荷物)。ラゲッジが多ければ多いほど、豊かな旅ができる」という言葉があるそうです。英語は、まさにそんなラゲッジのひとつであると、識者たちはなぜ考えないのでしょうか。「英語を学ぶ」ということと「アメリカの文化に染まる」ということは本来別の問題です。言語が文化を規定するといわれますが、今日必要とされる「英語」は、文化を規定する言語としてではなく、他国語の背後に広がる異文化に接するための媒介役として、最もポピュラーなツールなのです。子供を国際人として育てるために、現代の大人たちは従来の「母語(母国文化)の充実」に加え「他言語習得」の両面から、教育の現場と向き合う必要に迫られているようです。ノウェルが数年前に初めて3ヶ月のアメリカ語学留学を経験したのは、仕事の現場で英語の必要性を痛感した彼女が、会社
(国営テレビ局)を説得して社費留学という制度を作った末のことだったそうです。最近では、フランスの企業でも英語研修が盛んに行われているそうですが、ノウェルのような積極的な若さがその先鞭を付けたのかもしれません。彼女は今では退職し、英語ではなく、マーケティングを学ぶための二度目のアメリカ留学中です。第二外国語の仏語は見事に落第したという、にがーい学生時代の体験を持つ私。そんな私がパリでモデルの仕事もしていたことがあるという美しい彼女とお喋りできるなんて、理屈抜きで、英語は便利です。難しい問題は色々あるけど、便利で、楽しいから、身につけた方が得! とりあえずは、それだけで十分なのかもしれません。
(初出: アルク刊 「kids.com」 2001年3月号)
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