By 佐々木南実
食事の時に「いただきます」と「ごちそうさま」がないので、なんとなく落ち着かないんです、
とアメリカ人家庭にホームステイ中の日本人留学生が話しています。たしかにそれはその通り。食前にお祈りをしたりする人もいるけど、それはやっぱり「いただきます」とはちょっと違うし...
なんて話していると、韓国語には食前の挨拶があるよ、とサムが教えてくれました。それからそれぞれの国の「食前の挨拶」の意味を説明し合うことになったのですが、韓国語のそれは、食事を作ってくれた人に対する感謝の意味というのがどうやら中心のようです。日本語の「いただきます」は、食卓にのっている魚、野菜などすべての食物の命を、食べ手である私の命の源として「いただきます」と挨拶しているのだ、と説明しようとして、英訳不可能な一言であるということを実感しました。へりくだるという概念が、まず、英語には存在しません。なので、その部分は"thank"という言葉で置き換えるしかないようです。でも、「いただきます」に込められているのは、感謝の気持ちだけではないように思われます。
しかも、英語は主語をはっきりとさせなければ完結できない仕組みになっているので、誰に感謝しているのか
を明確にしないといけません。神に感謝しているのか、大地の恵みに感謝しているのか。
"I humbly thank you for this food...." などとやった場合、このyouというのはやはり「神」ということになるのでしょうが、「いただきます」は、はたして神にのみむけられた挨拶なのだろうか、などと考え始めると、もう、わかりません。英語にこれに該当する挨拶がないことも納得です。概念がないのに、言葉が存在するわけがないのです。
「行ってきます」「行ってらっしゃい」、「ただいま」「お帰り」も、英語にないよね、という話になりました。 "See
you!" "Have a nice day!" "I'm home!"
"Welcome home!" などの訳語がそれぞれに該当するのでしょうが、実際にはこんな言葉はあまり使われない
(実際は "Bye!" "Hi!" ) そのうえに、やっぱりなんとなく違う感じがするのです。
つまり「行ってきます」はそこに必ず帰ってくるよというメッセージが込められた出発の挨拶であり、「行ってらっしゃい」は「無事に帰ってきてね」+「ここで必ず待ってるわ」その他色々な意味が込められた挨拶なわけで、そのような、言葉の周辺を取り巻いている色々なメッセージが、翻訳するとどうも失われてしまうというか、同等の短さでは表現不可能なのです。その辺の部分を補うために、きっとアメリカ人はキスしたり抱きしめあったりして出かけるんだな、と私は思って納得しています。
"It all gets lost in the translation!" と焦っているのはサムです。でも、この英語も、とてもすっきりとしたいいセンテンスだな、と私は思います。和訳するとすれば、「翻訳の過程でそんなに多くの意味が失われてしまうとは!」くらいの感じなのでしょうが、私の受ける印象としては、日本語という言葉の泉から、翻訳という道具を使って言葉をくみ出し、英語という別の容器に移し替えて行くその途中で、どうしてもあふれてすくいきれない意味がある...そんなイメージが頭に浮かび、それが
"lost in the translation"という言葉でぴったりと表現されているように思うのです。そのあふれてしまう部分を、最大限に拾うというのが我々翻訳・通訳者の使命なわけですが、それを自分のものとするのは、やはり読み手・聞き手自身のイマジネーションや教養だけが頼りです。
「いただきます」がないから「なんとなく落ち着かない」日本人の気持ちをすっきりと伝えることのできる英語が見つかったら本当に嬉しいけれど、どうしても伝わらない部分があることを理解することも、また楽しい勉強のひとつかな、と思うのです。
(初出: アルク刊 「kids.com」 2001年4月号)
前のページへ
このページのメニューへ
次のページへ
