第五回 自分の中にある二つのパーソナリティ

By 佐々木南実

 アメリカの大学では、一般教養課程を修了した学生が医学部への進学を希望する場合、MCATという共通試験を受験しなければなりません。その準備のための勉強が大変! と言っているのが今日の主人公、Richard Chenくんです。彼が6年前、14歳のときに台湾からアメリカに渡ってきた人だと聞いて、私はびっくりしました。西海岸スラングを混じえて友だちと話す彼は、どこから見てもごく普通のアジア系アメリカ人の大学生だからです。

  現在二十歳の彼は、台湾で生まれました。台湾では、小学校以降の勉強に使用される言語は標準中国語であるマンダリンで、科目としての英語は4年生からということです。中学の2年生が終わった休暇に、リチャードは家族と一緒にアメリカに住むおじさんの家に遊びに来ました。移住を考えていたご両親と一緒に、下見も兼ねての旅行でしたが、リチャードは結局そのままおじさんのもとに残り、現地校に編入することになったのです。
予期せず英語のみの環境に放り込まれた彼の学校生活は、まさに「泳ぐか溺れるか」という状況でした。今、その頃を振り返って、「本当に激しい勢いで英語を吸収していった気がする。ものすごく早いプロセスだった。」と彼は言います。自分が順調に英語を習得することができた背景には
(1)学校でのESL(*) の授業の充実 (2) 大好きな音楽をやりたい一心で、バンド活動に積極的に参加したこと(3) リチャード自身の用心深い、完璧主義な性格、などの要素があったと彼は分析します。彼曰く、「性格的に、友だちの前で文法的に誤った発言などは絶対にしたくないと思ってしまうんだ。」だから、発言する前には必ず自分の中で確認したし、間違えてしまったときには、二度と同じ間違いはしないように強く自戒したそうです。シャワーを浴びながら、友だちとの会話をシュミレーションして、あれこれ練習したといいます。

  バイリンガルになったことで、物事に対する視野が広がったし、自分の中の世界観みたいなものが大きくなったと思う、と彼は言います。そしてそれ以上に、とても不思議なのは、英語の習得に伴って、自分の中に第二のパーソナリティのようなものが生まれた気がする、と言うのです。使う言語によって、自分の性格の違う部分に光当たるので、それによってそれまで気付きもしなかった内面的な部分を知ることができ、自分をよりよく理解することができた気がすると。「家族と中国語で話しているときの僕は、間違いなく台湾人。だけど、そんな時にも心の中に英語を喋るアメリカ人の僕が顔を出して、その二つのパーソナリティの間で意見が分かれたりするときがあるんだ。本当にそんな考え方でいいのか?って、一方が疑問を投げかけてきたりする。どちらの自分も真実なんだけど。」大学生になった頃からこのことに気付き、とても興味深く思っているのだそうです。来年度は言語学の勉強などもして、もっと詳しく掘り下げてみたいと言っていました。言語と文化、そしてその中で暮らす民族との強い結びつきをはっきりと見ることができる、本当に興味深いエピソードです。台湾人としての人格は確立され、なおアメリカ文化にも順応できる柔らかさを持っていた14歳という年齢でアメリカにやってきた、彼ならではの実感なのでしょう。

 彼がアメリカで過ごした年数は今のところ6年。短いようにも思えますが、彼の今までの20年間の人生の中では大きな部分です。短いようでもあり、長いようでもある滞在期間。アメリカ色が強くなったようでもある自分のパーソナリティと、やはりルーツである台湾からの影響。「今の僕は、すべてが中間なんだ」とリチャードは思っています。

 「自分の子供もバイリンガルにしたい?」と聞いたら、「それは環境によってできるかどうかはわからない」と、その場の空気に流されないとても冷静な答え。きっと彼は優秀なお医者さんになるに違いないと思った私でした。
 (*) ESL=English as a Second Language. 第二言語として英語を教える教科。

(初出: アルク刊 "kids com" 2001年5月号)

 

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