No.4 知っておきたいヒスパニック系

By 佐々木南実

言葉だけでなく「街の空気」を捉える

 2001年 第73回アカデミー賞で助演男優賞に輝いた[トラフィック]のベネチオ・デル・トロが、受賞の記者会見で、「スペイン語のスラングには特に気を使った。専任のコーチと一緒に国境をわたってティファナに入り、地元の人たちの会話を録音して勉強した。実際に使っている人たちが聞いて、意味の通るスラングを使うことがとても重要だから。」と言っていましたが、これは深くうなずけるコメントでした。それだけスラングは単語やフレーズだけでない、使うタイミングやニュアンス、表情やイントネーションなどを含めたトータルなものなんですね。
 私は現在、この映画の舞台となったサンディエゴに住んでいます。メキシコ国境まで車でほんの数十分。国境の町ティファナまで毎日通勤しているアメリカ側の住民も多く、それ以上に国境を越えてメキシコからアメリカに移住してくるいわゆる「ヒスパニック人口」の数がサンディエゴでは爆発的に増加しています。
 他の移民と比べて、ヒスパニックの人たちは「頑固に英語を話さないこと」が特徴だと言われています。アメリカに定住しても、ヒスパニック・コミュニティーを形成し、生活はすべてスペイン語なのでヒスパニックの子供たちは、幼稚園や小学校に入って初めて英語を習うという感じです。アジア系の二世、三世の人たちが英語しか話せない場合が多いのと比べて、ヒスパニック系アメリカ人は必ずといっていいほどバイリンガルです。
 ところで彼らの話すスペイン語ですが、これがほとんど「メキシコ語」と言ったほうがいいほど、変形したものらしく、スペインから来ている留学生に聞くと、「スペイン語と言っても、メキシコ人しか使わない言葉や言い回しがたくさんあって、ちゃんとは理解できない」と言っています。
 洋の東西を問わず今も昔も地域、時代、使う人の年齢、職業、状況等々によって、言葉というものは無限に変化し、それぞれのTPOにあった形に次々と生まれ変わって行くものです。その変化の、まさに最前線を常にモニターしている必要があるのが、我々翻訳・通訳を生業とする者たちなわけで、そんな中で、特定の瞬間を的確に捉えた訳語を見つけ、生き生きとした翻訳に仕上げることは、容易なことではありません。
 「リアリティ」と「陳腐」が紙一重のスラングの翻訳の世界では、単にボキャブラリーのアップデートだけではなく、「街の空気」のようなものを捕らえる感覚の鋭さがいつも要求されてるように思います。

カリフォルニア限定の挨拶

 さて、ヒスパニック同士の会話はメキシコ語によって行われるので、スラングも当然メキシコ語なのですが、それが次第に英語の会話の中にもスラングとして入ってきている場合があります(ただし、L.A.を中心としたカリフォルニア限定です)。
 まずは、軽い挨拶から。

"Que honda" = "What's up?" "What's happening?"
"Ese" = "Hey, man" "Hey, dude"
"Ese vato " = "Hey, dude"

Remarksモ
"Ese vato" は 誰かを指して、「あいつ」の意味にも使われます。"Vato" は英語でいう "homie" とか "home boy"にあたる言葉で、「地元のやつ」という感じです。 "batos", "muchacho", "chico" とも言います。
 


   La Raza の1990年の作品 "Kid Frostモ に "Vato, cholo, call us what you will" という言葉がでてきますが、このcholo はどういうことかというと、男の子を指す "chico" と、後述する女の子を指す メcholaモ を混ぜた言葉で、「根性なし」「オカマ」などのニュアンスの含まれた呼び名と思われます。
 なので、"Vato, cholo, call us what you will" を歌詞対訳風に訳すとすれば「不良とでもオカマとでも、好きに呼ぶがいいさ」という感じでしょう。

“oreo”はクッキーのこと?

ヒスパニック系移民のもうひとつの特徴として、「アメリカのコミュニティーに混ざる意志がほとんどないように見受けられる」ということもあげられます。アメリカと地続きでありながら、彼らの憧れのまなざしはやはりスペインやヨーロッパに向けられているようで、「ハーフ」であることをさげすんで呼ぶ "chola"という言葉もあります。

Chola = 混血娘
なぜか女性限定、アメリカン・インディアン、インディアンとのハーフ、単なるハーフを指す。ネガティブな印象。ただし、ギャング系の仲間内で使われる場合は、さげすみのニュアンスはありません。

 単に「女性」を表す言葉としては、 "muchacha", "chica", "cholas" などがあります。
 この三つは 英語の "chick" とイコールで、「オンナ」「あのコ」「アイツ」という感じです。特にさげすんだニュアンスはありませんが、もともとがギャング系 (最近は単にgangではなく "gangbanger" という呼び方が主流ですが) の言葉なので、かなりお行儀の悪い言葉ですね。
 他の人種とあまり交わらないヒスパニック系人口の中にも、やはり「白人に憧れる」メキシコ人はいて、そんな人たちは軽蔑の意味を込めて "coconut" と呼ばれてしまいます。「白人になろうとしているヒスパニック」という意味です。
 同様に、「白人になろうとしている黒人」は "oreo"。混血のことも "oreo" といいます。
 黒人ラッパー Ice Cube の1990年の作品 "Turn off the radio" に "A message to the oreo cookie" というのがありますよね。両方とも白い“身”を、茶色い殻や黒いクッキーで包んでいるという状態ですね。
 ちなみに、黒人ギャング系スラングで、ヒスパニックのことは "Esseys" と呼んでいます。

普通に、白人や黄色人種の若者の間でも使われているスラング
"pronto!" "presto!" = "on the double!" = 「急げ!」
"Adios amigo" = "check 'ya later" = 「じゃーね」
Ganja = Marijuana = マリファナ


 "rico suave" = "a smooth operator" はナンパ師、たらし屋、恋の魔術師(きれいな言い方過ぎるでしょうか?)
私だったら、江戸情緒あふれる「色事師」なんていう言葉に訳したいところですが、わかりづらいかな?
 この言葉に関する情報を調べようとネットで検索していたら、「私の名前は Rico Suave」(写真付き) 「私のホームページにようこそ」「あなたの電話番号をE-メールしてくれれば、私、Rico Suave がコレクトコールであなたに電話をかけ、すばらしいセクシートークを無料でして差し上げます」なんていう、とんでもないページに行ってしまいました。
 ネットの世界は奥が深い。SLANGの世界はもっと深い。頑張って探求を続けましょうか!

(初出: イカロス出版刊 「通訳・翻訳ジャーナル」 2001年7月号)

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